初めて出会ったのは二年くらい前。
体育館。
新任の先生を紹介する時だった。
その時は、ただ「若い人が来たんだ」くらいにしか思っていなかった。
次に会ったのは保健室。
優しい日溜まりに包まれた、春の日だった。
その時は……。
『昔語(一)〜始まりの戸惑いと逢着と』
昼休み。
昼食も終わり、これから何をしようかと考えている時、ドアをノックする音が聞こえた。
「はい、なんですか?」
ドアに向かって呼びかけた。
少し間が空いてからドアが開く。
そこに女の人が立っていた。
確か昨日、新任の挨拶をしていた……篠又先生だった気がする。
「こんにちはっ」
透き通るような声が、保健室に響いた。
少し状況が掴めず、じっと彼女を眺めてしまう。
髪は肩にかかるくらいのセミロング。目はぱっちりとしていて、幼さを感じさせる顔つき。
スーツを着ているから成人女性なんだとかろうじて分かるが、私服だったら間違いなく未成年に見えるだろう。
「あの……こんにちはっ」
僕が黙っていたのが、不安になったのか、もう一度挨拶をしてきた。
「こんにちは。どうかしましたか?」
保健室に来るっていったら、怪我をしたか調子が悪くなった時だけだけど。
後は……相談だろうか。
新任の女性の先生が相談してくるようなことなんてないと思うけど。
「えっと、昨日の集会で自己紹介はさせて頂いたのですけど、きちんと面と向かって先生方に挨拶がしたくて」
あぁ、なるほど。
随分律儀な先生だ。
まぁ、小さい学校だから、全員に挨拶してもそんな手間じゃないのは確かだ。
少し姿勢を正して彼女の方へ向き直る。
「それじゃ……僕はこの保健室で保険医をしています、上月俊也です。よろしく」
そう言って、手を差し出した。
「あ、私はこの春から新しく赴任してきました。篠又優日です。よろしくお願いします」
僕の差し出した手を握り、にこっと笑った。
少し、動揺する。
柔らかい手と……年不相応な、幼い……可愛らしい笑顔に。
「えっと、ゆうびって少し変わった名前ですね。なんて書くんですか?」
動揺を隠して、質問をする。
「『優しい日』って書いて優日です。よく言われるんですよ、珍しいって」
「へぇー、『優しい日』ですか。綺麗な名前ですね」
「そうですか? ありがとうございますっ」
また、あの笑顔をする。
なんだろう。この感じは。
すごく癒されている感じがする。
「えっと……どうかしましたか?」
ずっと呆けて、彼女の顔を見ていた。
優日さんは不思議な顔をして、僕を見つめている。
「……いや、かわいいなって思って」
「へ?」
気が付いた時、自分の気持ちが口から出ていた。
「ええぇぇぇ!」
言われた言葉が分からなかったのか、一瞬だけ硬直していた。
だけど、理解した瞬間叫び声を上げる。
「か、かわいいなんて……初めて言われました」
彼女は頬がほんのり赤くなっている。
この人、二十歳過ぎてるんだよな?
なんでこんなに初々しい反応を示すのだろうか。
「……それは嘘ですよね?」
「う、嘘じゃないですよ。私、可愛くなんかないですよ!」
「本当にそう思ってるんですか?」
「当たり前じゃないですかっ、私なんてたいした顔じゃないですよ」
「じゃあ、今日からは可愛いってことにしてください」
「え? え?」
「僕は君が可愛いと思いますから」
普段では言わないような言葉がすらすら出てくる。
そんな自分に戸惑いつつ…とりあえず笑った。
「!!!」
僕の言葉を聞いた瞬間、顔が真っ赤になる。
なんか…ナンパしてるみたいだな…。
ってこれはナンパか。完全に。
「し、し、し」
「し?」
「失礼しますっ!!」
「あ……」
律儀に頭を下げて、駆けるように出て行った。
「……」
またやってしまった…。
自分の気持ちや思った事が、ごく自然に言葉として出てしまう。
僕の悪い癖。
しかも、ほとんど言ってしまった後に後悔するパターンが多いのだ。
「はぁ……初対面の人に何を言ってるんだか僕は」
実際今も、もの凄く後悔している。
あれじゃ、軽い男だ。
「嫌われたくは……ないな」
何回かこの癖で女性に嫌がられたことがある。
彼女には……篠又さんには嫌われたくなかった。
それがどういう気持ちなのかは、まだ理解していなかった。
この時には……まだ。
次の日。
危ない設備や施設の不備がないかを確かめるのも保険医の仕事一つ。
ということで、学校を歩き回っていた。
そんな時、前から篠又さんが歩いて来ていた。
「!」
彼女は僕の姿を見ると、明らかに硬直していた。
「……こ、こんにちはっ」
焦りながら頭を下げる。
なんか凄く、緊張しているのだけど。
昨日の所為だろうか
「こんにちは。あの」
「は、はいっ?」
声が裏返ってますよ。
「なんでそんなに緊張してるんですか?」
「い、いえ。そんなことないですよっ」
いえ。十分緊張なさってます。
やっぱり昨日のが原因だろうか。
「あの、すみません!」
「へ?」
「なんか昨日の僕の言葉で緊張しちゃってるみたいだから」
「昨日の……言葉?」
篠又さんは目を空中にさ迷わせ、考える素振りをしている。
……違うのだろうか。
とりあえず、謝っちゃおう。
「僕の癖で、思ったことが口に出ちゃうんですよ。初対面になのに、ナンパしたみたくなっちゃって。すみませんでした」
「……あっ! いえ! そんなことないです!! 私、嬉しかったですから」
ようやく合点がいったのか、今度は必死で否定する彼女。
随分、表情がコロコロ変わる人だなぁ。
まぁ、怒ってなかったんだから、良かった。
「そういえば、もう全員の先生と挨拶しましたか?」
「……」
何故か僕の顔を見て、呆けている。
というより、とても熱っぽい表情をしていた。
「篠又先生?」
「……え? は、はい」
「大丈夫ですか?」
彼女の顔を見ようと、僕の顔を近づける。
「ほ、本当に大丈夫ですからっ」
そう言って一歩後ろに下がる。
一瞬見た彼女の顔は真っ赤だった。
「顔、真っ赤ですよ?」
「本当に大丈夫です! それで、なんですか?」
「ああ。先生全員と挨拶しました?」
「はい。一応、昨日のうちに…本当に小さい学校ですね」
「がっかりした? たしか東京の方から来たんですよね」
東京から見たら、この町は本当に小さな町だ。
生徒の数も少なく、全校人数は40人くらい。小、中の一貫制になっている。
「いえ。この学校もそうなんですけど、この町の雰囲気が気に入っているんです」
「へぇ、雰囲気ですか…」
「はい。なんて言うか…優しいんですよ。ずっと、この町の雰囲気の中で抱かれていたい、眠っていたい…ってそんな気持ちになるんです」
……患者さんの中にも、そう言っていた人がいた。
あの場所に来る人が望んでいる風景。
「……まあ、田舎町特有のものですよ。それは」
ゆったりとした時間の中を、ゆったりと過ごしていく…
都会にはない田舎町の風景。
「そうでしょうか? こんな気持ちになる雰囲気ってそうないと思いますよ」
「ははは、そうかな。でも、気に入ってくれたみたいですね。うれしいよ」
「そう言えば、上月先生って本当は保健の先生じゃないって聞きましたけど、本当ですか?」
まあ、確かに保健の先生ではない。
でも誰に聞いたんだか……まあ、予想はついてるけど。
「うん、この学校の近くに穂波診療所というのがあるんだ。そこの医者です。専門は外科」
「へ? 穂波、診療所ですか?」
「うん。そうだけど……どうかした?」
この町に来たばかりの彼女が診療所のことを知っているとは思えないけど。
あれ? そう言えば、紗衣香ちゃんの苗字って「篠又」じゃなかったっけ。
「あの、そちらの診療所で『篠又 紗衣香』って子、勤めていませんか?」
やっぱり。
じゃあ、年齢からすると……。
「紗衣香ちゃんのお姉さん、なのかな?」
「はい、そうです。そっかぁ、やっぱりここなんですかぁ。穂波町って聞いたとき、もしかしたらそうじゃないかなって思っていたんですよ」
……なんか、紗衣香ちゃんの方がお姉さんっぽく見えるのは気のせいなのだろうか?
いや、気のせいじゃないだろうな、たぶん。
「良かったら放課後、会いに来る?」
「え、いいんですかっ」
僕の一言が予想できなかったのか、篠又さんはすごく嬉しそうに顔を綻ばせていた。
……まぁ、診療所に行くわけではない。
今は診療所には近づきたく無いけれど、電話でもして出てきてもらえればいい訳だし。
「うん。是非、来てください」
「ありがとうございます! …あ、すみません。校長先生の所に行くんでした。失礼しますね」
「それじゃあ、放課後に。保健室に来てください」
「はいっ。わかりました。お願いします。それでは」
手を振って別れる。
とりあえず、嫌われていなかったことに安心した。
「ふぅ……」
「ほうほう、お早いですなぁ。上月先生様はぁ」
「!」
突然、背後から声がした。
その男は彼女が消えていった方向を見て、流し目をする。
「こ、浩司」
「さすがですねぇ。若い女性と聞いたらさっそく声をお掛けになられて、しかも放課後に二人で会う約束までしちゃうなんてぇ、さすが東京の医大を出た上月先生様は他のお人と違いますなぁ〜」
「なに言ってるの…」
「別にぃ〜俺の用事すっぽかしてまで、女性を口説かれるなんてよっぽど本気なんでしょうね〜」
浩司の用事?
あぁ……そういえば、見回り終わったら来てくれって言ってたっけ。
忘れてたけど。
「ごめん、ちょうど彼女にあったもんだから、忘れてた」
「…はいはい、いいさ。別にたいした用事でもなかったから。代わりに今度奢れよ」
「なにを?」
「なにかを」
微妙に不安が残る言い方だな。
「それで、篠又先生ってやっぱり紗衣香ちゃんのお姉さんだったか…」
「気付いてたの?」
「そりゃ苗字が同じだったからな。昨日、挨拶に来たときにもしかしたらって思ってな」
「それでなんで紗衣香ちゃんとのことを聞かないで、僕のことを教えたの?」
教えたのは浩司以外に考えられない。
「だって彼女、俺の所に来たとき、ずっと顔が真っ赤だったぞ。なにがあったか聞いても『なんでもないです』って言うし」
う……それはたぶん、昨日のことで。
「そしたらいきなり彼女、おまえのことを聞いてきたんだよ」
「僕のこと……?」
「ああ。『どんな人なんですか』ってな」
そりゃ、突然ナンパしてきた男だもんな、気になるのは当たり前か。
「それで、なんて答えたの?」
「そりゃ、若い女性を見たらすぐに声を掛ける軽い男だって」
「……」
黙って右の拳を上げる。
「う、嘘だって。無言で拳を握るな、マジで怖いから」
「ったく、誤解を受けるようなこと言うなよ」
「でも、そもそも篠又先生の様子って、お前のせいだろ?」
それは反論できません。
「まあ、嘘をつけない素直なヤツだって言っといたよ。でも、そうしたら彼女の顔がまた真っ赤になってな、会話どころじゃなくなってたぞ」
「……」
なんてリアクションしていいのやら。
「脈ありなんじゃないか? 頑張れよ」
「ってちょっと待った! なんで、僕が篠又さんを狙ってることになってるの!?」
「へ、違うのか?」
「違うっていうか…そんなつもりではないよっ」
「へぇ……まぁ、いいか。んじゃ、お前の埋合わせはまた今度ってことで」
浩司はじゃあな、と言って職員室へと入っていった。
微妙な間が少し気になる。
あいつのことだ。良からぬことでも考えているんだろう。
さて、じゃあ放課後まで頑張りますか。
そして放課後。
篠又さんの所へ行こうと帰宅準備をしている時だった。
「失礼しますっ!」
声が聞こえ、勢いよく扉が開いた。
入ってきたのは紗衣香ちゃん。
なんとも意外なお客さんが来たな。
「どうしたの?」
「あ、あれ? え?」
何故か僕を見て驚いている。
驚きたいのはこっちなのだが。
「紗衣香ちゃん?」
「え? え?」
だいぶ混乱しているようだ。
というか僕も状況が掴めないんだけど…。
「落ち着いて。いったいどうしたの?」
「あ、あの……先生が倒れたって聞いて……その」
「へ?」
「え〜っと、違う……みたい、ですね」
僕が倒れた?
「誰から聞いたの?」
「いえ…その電話があって……『大変だっ! 上月先生が倒れた!』ってすぐ切れてしまいまして…その、心配になって」
自分の行動が恥ずかしくなってきたのだろう。
顔を赤くして、俯いてしまう。
僕が知っている人の中で、こんな無意味なイタズラをするやつなんて一人しかいない、
「……はぁ。本当にあいつは」
「え?」
まあ、あいつの行動はこの際、無視して……。
「いや、なんでもないよ。ちょうど良かった。君にお客さんがいるんだよ」
「私に…ですか?」
「うん。これからちょうどそっちに行こうとしていたんだ」
――コンコン。
控えめなノックの音が聞こえた。
この叩き方はまちがいなく篠又先生のものだろう。
うん。タイミングばっちり。
僕は、そのノックに返事をしないまま、保健室のドアを開ける。
そして、篠又さんの前に出て、ドアを一旦閉めた。
部屋には紗衣香ちゃん一人。
「あ、あの……上月先生?」
篠又先生は不思議そうな顔で、僕の行動を眺めている。
なにをしているんだろうといった感じだろうか。
少し保健室から離れてから、口を開いた。
「ちょうど良かった。篠又先生、診療所に行く必要はなくなりましたよ」
「へ? あの……え、えっとそれは……?」
篠又先生は視線をさ迷わせ、考えている。
やがて答えが思い付いたのか、僕の前にすっと寄ってきて、
「紗衣ちゃんがここに来てるってことですか!?」
と興奮した感じで、篠又さんが叫んだ。
……しまった。こっちから言っておけばよかった。
今の声、紗衣香ちゃんに聞こえてなければいいけど。
「察しが早い。その通りです」
「あの、上月先生が呼んでくれたのですか?」
「いや……まぁ、話しているとあいつが来そうだから、気にしないでください」
「?」
あいつが来たら、ろくな事がない。
「それで、どうしてこんなところにいるんです? 早く会いに行きましょう?」
すぐにでも会いたいのか、餌を待たされている犬みたいな表情で僕に迫ってくる。
「いや、せっかくだから、紗衣香ちゃんを驚かせようと思ってさ」
「……あ、そういうことですか。ふふっ。いいですね」
ノリがいい人なのか、楽しそうでいじわるな顔をした。
とは言っても、全然優しそうだけど。
「あ、でも、さっきの私の声、聞こえちゃったんじゃないですか?」
「うーん、まぁ、大丈夫だと思いますよ。たぶん」
確証はまったくもって無いけど。
「じゃあ、ここで待っていて。声を掛けるからそしたら入ってきてくださいね」
「はい」
先に僕が入る。
「お待たせ。心の準備はいい? 紗衣香ちゃん」
「へ? は、はい」
幸いにも、紗衣香ちゃんは、不思議そうな顔をしていた。
あまり大きな声ではなかったんだろう。たぶん。
よし、驚かせ甲斐があるな。これは。
「じゃあ、どうぞっ!」
気合をいれて、篠又さんを呼ぶ。
扉が開…ききる前に、紗衣香ちゃんに駆け寄っていく影。
「紗衣ちゃーんっ、会いたかったよーーっ」
「ね、姉さん!? どうして――きゃっ」
紗衣香ちゃんに抱きつき、頬擦りをする。
凄い速さだった。
よっぽど会いたかったんだな。
「ひさしぶり! 元気にしてた? 半年振りだよね。お姉ちゃん、心配してたんだよ?」
「う、うん。大丈夫だから。ありがとう……」
会話の最中もずっと頬擦りをやめない。
もうそろそろ止めないと、紗衣香ちゃんが……。
「篠又先生…少し落ち着いた方が…」
「え?」
紗衣香ちゃんが息苦しそうに顔をしかめている。
「あ、あははは。つい……ごめんね」
「こほっ、こほっ……姉さん、どうしてここにいるんですか?」
「お姉ちゃんはね、この学校に赴任してきたんだよ」
「え? ここの教師になったのですか?」
なんでだろう。
姿を見ても、仕草を見ても、言動を見ても、紗衣香ちゃんがお姉さんに見える。
というか篠又さんの素ってこんな感じなんだ。
「どう? 姉妹の感動のご対面は」
「せ、先生。どうして先生が姉さんと…?」
「少し前に知り合ったんだ。話してたら君のお姉さんって分かってね。会わせようと思って今日、放課後に診療所へ行こうとしていたんだよ。まぁ、その必要はなくなったけどね」
「そうなんですか」
まあ、何故あいつがあんなことをしたのかは、意味不明だけど……。
「ほんと、偶然ってあるものなんですね。上月先生」
「ははは、そうですね。姉妹がこんな小さな町で出会うなんて……けど、僕は少し残念ですけどね」
「へ? なにがですか?」
「いや、診療所までの道を二人でゆっくり歩きたかったな…と思ってね」
なんとなく、そう思った。
ってまた僕は言葉に出してるし!
「……」
「……」
「……」
黙って赤くなる篠又さんと、ずっと僕と篠又さんを見ている紗衣香ちゃん。
少しだけ気まずくなった空気から逃げるように、話を打ち切った。
「そ、それじゃ、積もる話もあるだろうし……この部屋使ってていいから」
「え、上月先生帰るんですか?」
「うん。ゆっくり話しててください」
篠又さんに鍵を渡す。
「帰るときに閉めてくれれば良いですから」
「はい。分かりました」
「それじゃね、紗衣香ちゃん」
「あ、はい……それじゃ、お言葉に甘えて、少しだけお部屋をお借りします」
「うん。それじゃあ、二人とも。また明日」
僕が部屋を出て行こうとしたとき、紗衣香ちゃんが、心配そうな顔で尋ねてきた。
「あの……先生。今日は何処に行かれるんですか?」
「浩司の所にでも行くよ」
「診療所に戻る気は……ないんですか?」
「……うん。ごめん。まだ時間が欲しい」
あの場所に居ると、どうしても思い出してしまうから。
自分の不甲斐なさを。
自分が今までやってきたことが、どれだけ意味が無かったのかを。
まだ帰る気にはなれない。
僕はまだ、自分を許せないままだった。
「?」
篠又さんは内容を理解しているわけはなく。不思議な顔をしている。
「それじゃね。篠又さん」
「はい。それじゃ、上月先生。鍵は明日お返しします」
「うん。お願いします」
そう言って、保健室を出た。
時刻は夕暮れ、空はもう夜を迎えようとしていた。
篠又さんに言ったこと。
二人でゆっくり歩きたかった。
不思議とまた、違和感なくすらすらと言葉が出た。
もともとそういう癖なんだけど、出さないようにしていれば極力避けることはできる。
今までもそうしてきた。
僕は篠又さんに嫌われたくない。
そう思っている。
だから極力癖を出さないように気をつけていたんだ。
「けど……どうして?」
まだ、想いは闇の中にあった。
色々なことに、まだまだ気付けないでいた。
知ろうとしなかった。
すぐ近くにそれはあったのに。
ただ、ぼんやりとしているだけで。
すぐ近くに……。