昼から現在までの記憶があまりない。
 これが私だけ瞬間冷凍されて、さっき解凍されたばかりならよかった。
 しかし、残念ながら世界にはまだそんな技術は食品にしか通用せず、人間になぞ使えるはずはない。
 ということは、私は全く持って無駄に寿命を短くしているということになる。
 加えて、精神的なストレスが左右からジャブを浴びせてくるわけで、爆弾に付いている導火線を正攻法に利用するのではなく、真ん中あたりから火をつけている具合に死期が近づいてる気がする。
 私は間違いなく日本人の平均寿命より短いね。うん。

 この時間帯にしか見られない、夕陽に染まった花の色。
 私の身長を抜かすほどに伸びた影。
 帰路へつく鳥たち。

 そんな情緒も今の私には期限切れの1等の当選くじ。
 だけど、いつまでも落ち込んでいるわけにはいかないのだ!
 絶望に打ちひしがれながらも立派に生きてみせます! と誓いを立てる。
 その時、太陽が私を照らした。

 ふっ、夕日が眩しいぜ。私を祝福しようってんだな?

 神様もなかなか粋な計らいをしてくれるなあ。

 と思ったさ。不覚にも。
 さっきまでの自分の状況を鑑みれば、そんなことを思わないはずなのに……。
 目の前の光景にさっきの決意が、にがりをケチった豆腐のようにボロボロと崩れた。

 どうしてかって? 朝に襲い掛かってきた男が玄関に立っているんだから。スーツを着て……。執事かよっ!

 ああー、生きる気力も無くなってきたよ。
 植物が萎びるというのはこういう事なのか。また一つ勉強になった。

 こ、こうなったら開き直ってやる。

 「うむ。ご苦労ご苦労」

 軽く手を挙げ、社長気分。
 だが無反応だった。あれか? 放置プレイというやつか?
 諦めて家の中に入る私。

「おかえりー、今日は遅かったのね、すぐご飯食べられるわよ」
「ただいま……、なんて悠長なこと言ってられるか!! なんでコイツがいるのよ!!」
「早く着替えて、ご飯食べてね」

 無視ですか……。







 二階にある自室へ。着替え終えると、もう7時近くだった。
 ちなみに夕食はお母さんが作ることになっている。
 お父さんはサラリーマンではあるが、朝食担当。スーパーの店員である母は夕食を。
 これは同棲していた時から二人で決めたことらしい。今でも守っているとは何とも仲がよいことで。

 そんなこんなでリビングへ、って。
 そこではお父さんが座っていた。

 何故に父上がおるのだ? いつもはもっと遅いじゃないか! 九時とか。

「だって今日はおめでたい日だよ? チーちゃんの初めての日なんだから。」

 ぐあ、なんてこといいおんねん!

「そ・れ・よ・り・も! なんでこいつがここにいるわけ? 明らかに住居不法侵入でしょ! さっさとマッポに突き出せばいいのに、なにゆえに玄関で私を出迎え、その上にご飯まで食べてるの?! 信じられませんことよ!」
「あぁ、私の娘はどうしてこんな風になってしまったの……。私の育て方が悪かったのかしら」

 そうだよ、あんたのせいだよ。こんな性格になったのは貴様の遺伝子のせいだ。いっそマグロの目玉を細胞核に詰め込んだほうがマシだよ。DHAを入れたほうがまだマシだよ!!

「違うよ美里さん! 僕が悪いんだ! 僕がしっかりしていないから」
「そうね」

 っておい! 即答かよ。
 あー、泣いちゃった。

「しくしく。美里さんひどいよ」

 って、話をそらすな!
 たぶんこのままだったら、この二人の術中に嵌ってしまう。
 私は横にいる人物をちらっと見た。
  不法侵入者だ。朝も気になったのだが、どこかでみたことのある顔だ。どうしても思い出せない。
身近にいるはずなのに……。うーん。
 そのとき母が手鏡を出して、私の目の前にかざした。

 そこには髪型がショートボブで口が小さく、唯一チャームポイントのクリクリの瞳があった。

「私……?」

 え? 私? 横にいるのも?
 似てるとかそういう問題じゃない! そっくりだよ!!
 そりゃ身近にいると感じるはずだよ。私自身と言ってもおかしくないんだから。
 といってもあんまり鏡見てないからなぁ。
 もう一度、隣を一瞥する。
 ホントに男か? 私には女にしか見えないぞ、そりゃじっくりと見ればわかるかもしれないけれども……。
 なら疑問が残るなぁ。何故お父さんはすぐに分かったんだろうか。
 まぁ、娘の危機にいち早く気づいたということにしてやろう。今はかわいそうな状況だし。それでも何か引っかかるが。

「しくしく」

 で? この隣にいる人物の処遇はどうするのですかな? ダディとマミーよ。
 それに何故食卓に着いておるのですかな? 簡潔に述べよ。

「今日から一緒に住むのよ」

 はい? 簡潔すぎて逆にわからなくなりましたよ。

「今日から家族になりましたー」

 脳みそ大丈夫ですか?
 病院にいきますか? おっきい病院に。

「というわけで歓迎会を催したいと思います」
「ち、ちょっと待った!!」

 娘の話を聞け!!

「ペットを飼うわけじゃないんだから、そんな簡単に不法侵入者を家族として受け入れてもいいの?」
「あら? 言ってなかったかしら? この子、しばらく預かることになっているのよ?」
「は? そんなこと聞いてないよ」
「あれ? 美里さん言ってなかったの?」
「うふふ、ごめんなさい」

 舌を出しても、全然可愛くもないわ!
 そんな大事なことを娘には報告しないなんて……。それに相手が同性ならともかく、異性なんだから相談ぐらいするだろう、普通は。
 ま、まぁ、普通じゃないしね……。
 それよりも。

「ちゃんと説明して。内容によってはお断りしてもらうからね」

 これだけは絶対に譲れない。
 襲われたこともそうだけど、何よりも私に相談がなかったのが腹立たしかった。

「せっかくの食事が冷めたらもったいないから、先に食べてから説明をしようか」

 私の気持ちが通じたのか、珍しく父がマジメな顔をしながらそう言った。
 それだけ話が長く、重要だということなのだろう。
 私は頷き、いつもより遅い夕食が始まった。







 食後に多少の休憩をはさみ、説明がなされた。
 簡潔に言えば、親戚の子どもをしばらく預かる。そういうことだった。
 両親が外国に行くということで、慣れない環境に子どもは連れて行けないのだそうだ。
 とは言っても、私は母方の親戚しか知らない。
 なぜなら、父方は警察や官僚関係が多いから。
 身内同士の集まりよりも接待を重視しているみたいで、私は全く会ったことがない。
 ということで隣にいる人物には全く面識がなかった。

「いろいろとお世話になった人だからね。断るわけにはいかなかったんだ」
「私に対しては嫌悪感しかないと思っていたけど。それでも信用されてない、ということはないみたいね」

 将来が有望な人物を無理やり奪ってきたようなものだからね、お母さんは口癖のように言っている。
 それでも我が家が唯一まかせられるところだったそうだ。他の親戚同士がお互いに牽制しあっているのだろうか。それとも自分の家の子どもだけで精一杯なんだろうか。

 何はともあれ、家族の一員となる……、名前はなんだろう。

「そういえば名前を聞いてないよ」
「りさと、くんよ。水森りさと。父方の親戚だから、苗字も同じ」

 りさと……。何か懐かしい響きがする。
 そっと隣に目を向けてみる。
 りさと、なる人物は一言も喋らない。

 「部屋はちーちゃんの真正面だからね」
 「うっ、もうちょっと部屋を離してくれないかな……」

 いつ襲われるかも分からないし。
 といっても余ってるところはなかったはず……。

「鍵をかけて置けば万事OKでしょ?」

 ま、まぁそうだけどさ……。

 「と、とにかく! 勝手に部屋に入ってこないこと! わかった!」

 ビシッ!! と隣に指を指す。
 そこにはこくりこくりと船を漕いで……。ってコラ!!
 黙っていると思ったら寝てたのかい!!

「今日はきっと疲れたのよ。慣れない場所だろうから」
「私だってあり得ない出来事に襲われたのよ。こっちの方が寝たいわ!!」

「とにかく握手でもして仲直りしましょう。りさとくんだって悪気はなかったんだから」
「悪気があったらとっくに警察へ突き出してるわ!!」

「今回は勘弁してあげて……。彼も大変だったから……」

 お母さんが悲しげな顔をしながら言った。
 そんな態度じゃ、私だって強く言えないじゃない……。

「千聖、僕からもお願いだ」

 そう言って、お父さんが頭を下げる。
 自分ひとりが悪者になった気分だ。

「わかったわよ……。でも、今度からはきちんと話してよ。私だけ仲間外れなんだから……」

 いたたまれなくなって、リビングから飛び出した。
 後ろで私を呼ぶ声が聞こえたけど、振り向かなかった。







 部屋に入ると私はベッドに倒れこんだ。
 今日一日いろんなことがあったけれども、何も考えられない。
 いや、考える余地を与えてくれない。
 何かを掴んでも、すぐに零れ落ちてしまう。
 握った手を開いても何もなかった。
 そこには何かあるはずなのに……。
 誰かが私の目に触れる前に奪い去ってしまう。
 私はまるでおもちゃを取り上げられた子どもみたい……。






Back Novel Next