頭が痛かった。
 扉を必死に叩いていたからかもしれない。
 昔の記憶を呼び戻す代償ならまだよかった。
 だけど何も見つからないままのこの痛みは辛すぎる。
 痛みを堪えて閉じた目を開いた。
 すると目の前には顔があった。りさとくん……。

 き、昨日と同じ展開……。
 髪の毛を毟り取ってやりたい感情に襲われた。
 本能のままに行動しようとしたときに聞こえた。

「おはようございます……」

 え?
 その声を聞いた途端に怒りなんて収まってしまった。
 初めて聞く声。なのに、懐かしく感じる。
 幼い頃に聞いた声。
 昨日はあんなに堅牢だった扉が簡単に開き始めた。

 だけど、それを妨げるようにお父さんの声が聞こえてくる。

「チーちゃん! 急がないと学校遅れるよ!!」

 時計を見るといつもは身支度を整えて朝食を取っている時間だった。
 昨日のことを思い出すと顔を合わせづらかった。
 りさとくんに顔まで布団を掛け、着替える。
 そして、身支度が終わるとすぐに家を飛び出た。







「ご飯食べておけばよかった……」

 悪態をついてもしかたない。
 あの二人のことだから、全然気にしていない可能性が高い。
 それでも私には大切なことだと気付いてほしい。
 これは私の意思表示。きちんと貫き通さなくては。

 途中で綾ちゃんと翔子ちゃんが待っていてくれた。
 二人は家が近い。
 だから登校時には二人一緒に待っていてくれる。
 でも、二人は幼馴染というわけではない。綾ちゃんと私はそうなんだけど。
 翔子ちゃんは中学の時に私たちの学校にやってきた。
 最初は弾けちゃってる感じだったのに、いつの間にか清楚な雰囲気に変わってしまった。

「ゴメン、寝坊しちゃって」
「今日もそうですけど、最近疲れ気味じゃないですか?」
「う、うん。何か元気がなさそうにみえるよ……」

 あー、やっぱりわかってしまうものなんだ。
 最近は何に対してもスランプ気味だった。
 特に勉強。最近返ってきた小テストやら、模擬試験の結果が芳しくなかった。
 気分はどん底。だけど二人には心配掛けないように、演技はしてきたつもりだった。

「何か悩みがあるのでしたら、遠慮なく言ってください」
「その時はちゃんと相談するよ」
「で、でも、そんな簡単に話すちーちゃんではないと思うよ……」
「そこら辺はお見通しですから、釘を刺しておいたのですよ」

 見事にばれていた。すぐには気付かれないとは思っていたけれど、二人には通用しないみたい。
 だからこそ嬉しいし、申し訳ないと思う。
 だって、今もこのことを追及しないでいてくれる。
 いつか話してくれるって信用してくれているからだと思う。
 ありがとう。本当にどうしようもなくなったときは二人を頼るから。
 今はこの時間が心地よい。

 なのに、映像が浮かぶ。
 それは会話が途切れる一瞬にまんまと入り込んでくる。
 まるで映画の一コマだけを見ているようだった。
 視覚には訴えてこないで、意識の奥底にだけ響いてくる。
 記憶を呼び起こそうとして、扉を叩いている。

 無性に悲しくなってくる。
 どんな風景画映っているの? 目には見えないよ。
 見たくない。見たい。
 昨日はあんなに知りたかったのに、知ってしまえば二人に迷惑が掛かるかもしれない。
 そんな葛藤が頭痛となって襲い掛かる。
 でも必死に押しとどめる。

 そんな状態は学校へ着いた後に治まった。
 そして、授業なんか目じゃないほどお腹が空いていた。
 あの朝の鬱加減はどこへやら。
 心の中でまだそんなに大きく膨らんではいないということなのだろうか。







 というわけで、いつものお弁当タイム
 悩みすぎて空腹になったぜぃ。 まぁ、朝食も抜いたしね。
 三人の机をくっつけて、さぁお弁当! と言う時に

「あっ、お弁当忘れた……」

 よりにもよって、食べようとした時に気付くなんて……。

「千聖さんらしいですね」
「ちーちゃんらしいね」

 二人が口を揃えて言った。
 どこが私らしいねん!!

「あれ?」

 教室の扉の前で委員長が一生懸命にはてなを製造、販売していた。
 しかも、思いっきり私を凝視しながら。
 そういう彼は私と綾ちゃんの幼馴染である彰(あきら)くんだ。
 幼稚園時代に綾ちゃんに紹介してもらって知り合った。
 最初はかなりのやんちゃ坊主だったはずなのに、今ではすっかり丸くなっちゃって。
 しかも、生徒会にもかなり重宝されているみたい。
 ちなみに、いつ頃からだっただろうか、苗字でしか呼んでくれなくなったね。

「水森さん、さっき玄関前にいなかった? 私服で」

 はい? 私はお弁当がなくて悶え苦しんでいましたが?
 そんな私の代わりに綾ちゃんが彰くんに向かって説明した。

「アキラくんの見間違いじゃないのかな? 私たちはずっと教室にいたよ」
「うーん。さすがにそれはないんだけどなぁ。一年や二年の付き合いじゃないからね」
「魂はどこかに行っていましたけどね」
「あっ、やっぱりそう思う? ボクも最近、そんな感じがしたんだ」

 ま、まさか彰くんにもばれているとは……。
 私ってわかりやすい性格なのかな?

「そ、それよりもそんなに私に似てたの?」

 と、話題をそらすために言ってみる。

「絶対に本人だった。でも、あんな服を着ているところはみたことないな」
「ど、どんな服ですか?」

 と、翔子ちゃんが興奮気味に聞き返す。
 なんでそんなところで興奮するねん。
 そんな翔子ちゃんにたじたじな彰くん。

「えっと……、黒くてフリルのついた服かな。頭にも何か被ってた」
「ゴ、ゴ、ゴスロリ……!」
「し、翔子ちゃん! ダメ! 帰ってきて!! ちーちゃんに着せたいとか思っちゃダメ!!」

 アドレナリンを直接摂取したような興奮度だった。
 しょ、翔子ちゃんはそんな目で私を見ていたのか……。ガクガクブルブル。

「水森さんが怯えた目で見てるよ……」
「はっ!」

 私の怯えきった様子に気付いた翔子ちゃんは、背中を向け、大丈夫だよといった。
 お願い! 目を見て言って!!
 言葉だけじゃ何も伝わってこないよ!!

「ろ、廊下が騒がしくなってるよ……」

 綾ちゃんに言われるまで気付かなかったけど、廊下が騒々しかった。
 そして、それが私たちの教室前に留まり続けていた。

「遅れてきた恐怖の大王じゃないかしら?」
「あっ、そういえば水森さんのお母さんも来てた」

 恐怖の大王でうちのお母さんを思い出すなんて……。確かにそうなんだけど。
 って、お母さん!?
 ということはもしかしてベタなオチ?
 そんなのはイヤだよ。
 神様タスケテ……。ウソだとイッテ……。

 扉が開いた瞬間、教室に私の叫び声が響いた。






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