『勉強ができない』

 それだけで大人になれないと思っていた。
 だって、自分だけができなかったから。子どものまま取り残されるんじゃないかと思った。


 『影が伸びる』


 子どもの頃はそれだけで嬉しかった。
 自分の身長まで高くなったように感じたから。そして、大人に近づいた気分に浸れたから。




 今の自分はどうなんだろう。






 勉強はできる。


 努力したよ。勉強も運動も家事。何もできなかったあの頃に比べたら、私は大人になったと思う。


 子どものまま取り残されないで、今ここにちゃんと存在しているよ。




 でもね、何か足りないよ……。


 いつも私のそばにいたのに、いつの間にか目の前からいなくなったように。


 愛おしく抱いた雪みたいに。







 夕日が眩しい。


 目を閉じても、隙間から入り込むように私の眼球を刺激する。まるで自分が厳然たる様子で存在していることを示しているようだ。


 でも、周りの景色が全部、太陽の光には染まらない。むしろ、各々の色を誇示しているようだった。


 家、電信柱、通り過ぎていく自転車、人。


 そんな照らされた有彩色の中にもきちんとあった。影が。





 じゃあ、私の影は?


 あの頃から一緒にいたよね?


 でも、今は見えないよ……。


 影が伸びない、よ……。






 
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