不肖、水森千聖(みなもり ちさと)はとても不幸な少女である。
父はケセランパサランのような感触を性格とした人で、親バカ及び夫バカである。とても騙されやすく、頼りない。実際、私がいなければ何も出来ないような人だ。勧誘の電話を断れず一時間以上話し続け、泣きながら私に助けを求めたこともあった。が、昔はエリート警視だったらしい。まあ、なんと言うか、地球も堕ちたものだなぁ。
そして母は野望のためならば手段をいとわない物体であり、親バカ及び妻バカである。かわいい男の子には目がない。その最たるものが父との結婚である。猛反対だった父方の親族を説得するために、知り合いの産婦人科で『妊娠三ヵ月』との診断書を偽造。渋々結婚を許可せざるを得ない状況にした。結婚後は父を自分色に染め上げることに精を出した。そして今に至る。
こんな二つの原爆から生まれた私が不幸じゃないはずはない!
いつ暴発するかもわからない恐怖に、怯えながら生きる私は薄幸の少女。『美』がつかないところがミソ。
勉強も運動もそこそこは出来るとは思う。でも、顔まではわかりっこない、客観的な評価で成り立っているわけだし。そうでしょ? 鏡に映った顔を見て、「う、美しぃ」なんて言わないでしょ? ナルシスト以外は。それに鏡を見ない人種ですから。まぁ、寝癖を直すのにちらっとはみますよ? かわいくないですよ……。
そんな私でもなんとか普通の生活は送ってきた。間違いない! 高校に入って二ヵ月しか経たないけど、友達も出来たし、授業にもちゃんと追いつけてる。とても充実した高校生活を過ごしているつもり。
でも、よく言うよね。平穏な日常はすぐに消え去るって。
まさに私の身に起こってることなんですけれども。
それにもうそろそろ限界です。現実逃避ができるほどの冷静さを持ち合わせていません。もしサイボーグになったら、真っ先に頭の中に冷却ファンを投入するね。がくり。
月面付近まで飛ばされていた意識を無理やり戻す。そして、
「なんで私のベッドで見知らぬ人が寝とんねん!」
叫んだ。やっちまったぜ。あのまま夢の住人になれたらどれだけ幸せなことだったろうか。その思いを懐抱しながら、私のベッドで一緒に寝ていた不法侵入者を見た。どこかで見たような顔なのだが、いやな予感がするので気にしないことにする。
そうだ!
なかったことにしよう。
るんららーん。さぁ学校へ行こうー。
「ひわっ」
突然後ろから何か掴まれた! 私を襲おうってのか!
私は勢いよく振り向いた。ゴチッという音がした。い、いたひ……。頭が……。
よく見ると相手は頭にたんこぶができ、倒れていた。私はそんなに石頭かよー。
頭を押さえていると、廊下から足音が聞こえてきた。そしてドアが開く。
「チーちゃん、朝ご飯できた……よ……」
お父さんがおたまを持ちながら部屋に入ってきた。目を見開いて。そりゃそうさ、娘が襲われそうになってるんだから。というかノックぐらいしなさいよ! おたまを持ってくるな!
そんな文句をエプロン姿のお父さんにガツンと言ってやろうと思った。が、コロリンとおたまがニュートンもびっくりするぐらいの自由落下ぶり。
「ぼ、僕に内緒でもうそんなところまで……」
おいっ! ちょっと待て! なんなんだその発言は。娘の安全を確保するとかはしないのか? というか貴様に報告せにゃならんのか?
と思っているスキにお父さんはバタバタと出て行き、
「美里(みさと)さん! チーちゃんがオトコのコを食べちゃってるよ!」
朝ご飯って言葉に掛けて、そんな発言はやめてくれー!
そばにある枕をぽこぽこ殴っていると、あらー食いしん坊さんね、という寝ぼけた発言をしたお母さんが部屋に入ってきた。
カメラを持って……。
だが、さすがのお母さんも固まってしまった。バナナで釘が打てますよ、ぐらいに。
こ、この人でさえ驚くとは、やっぱりこれは夢なんだ。いやーよかばいよかばい。
さぁ、夢から覚めようじゃないか水森千聖。素晴らしい朝が待ってるぜ。
と、思ったのだが、気付いてしまった。日本政府の機密事項並みの事実に。
オ、オトコが下。私が上。
ぎゃーん。この体勢は私が襲っているということなのかー!
そ、そりゃうちの原爆も止まるわ……。
ああ、目がかすむ。うふふ、まるで雲の中にいるみたい……。
そして、私の意識はしだいになくなっていった。
がくり。
「大丈夫ですか? 千聖さん」
「ち、ちーちゃん……」
う、うーん。私を呼ぶ声が聞こえてくる。て、天使か?
このまま私を天国に連れて行って……。
「午前中の出来事が嘘のようにバカになっていますね」
「だ、だめだよ翔子ちゃん……。もっとオブラートに包まないと……」
……………………。ぷちり。
「がー! バカにするなー!」
思いっきり何かを叩いてやったさ。でもさぁ、痛いんだよね。こきゃって音がしたよぅ。
痛い手首をさすりながら、周りを見渡してみるとそこは教室だった。
今までの出来事はなんだったんだ? ゆ、夢なのか?
そう思ったら、身体にエネルギー満ち満ちてきた。今ならBブ・Sップも倒せる!
「さぁ、今日も一日がんばろー!」
1時限目の授業はなんだ? かかってきなさい!
と、気合が入っている私になんとも毒々しい言葉と弱々しい言葉が聞こえてきた。
「ついに逝ってしまいましたね」
「き、きっと疲れてるんだよ……」
少々待て。誰だ? さっきから私をバカにしてるヤツは。
さっき静まった怒りが沸々と、湧き上がってきた。
「私をバカにするな、という顔をしていらっしゃいますね。千聖さん。でも、今の言動を見ている限りはその意見は覆ることはありませんよ」
目の前には毒舌翔子(しょうこ)ちゃん。そしてその後ろには隠れるようにしてビクビク綾(あや)ちゃん。ひ、ひどいよ。親友じゃなかったの? 永遠の友情を誓った仲じゃないですか……。
「ち、ちーちゃん。今何時だかわかる?」
フルフルと震えながら綾ちゃんが尋ねてくる。くっ、いつもながらに来るねぇ、その仕草。じゃなくて! な、何時だろう。あんな夢を見たから、気が動転してわからなくなってしまった。
「な、何時でしょうねぇ。あははは……」
「もうお昼休みですよ。千聖さん。痴呆症でも始まったのですか?」
にゃ、にゃにー! もうそんな時間だったなんて……。授業を受けた記憶が全くないぞ。
それにそんなひどい毒を浴びせなくていいじゃない……。
「そ、それよりお昼食べよう。ね? ちーちゃん」
がっくりと肩を落とす私に優しく声をかけてくれる綾ちゃん。
ああ、神々しいよ女神様。ちょっとオドオドしすぎてるけれども。
その後も翔子ちゃんのポイズンと綾ちゃんのヒールを浴びながら、机をいつもの定位置へと用意する。そして、お弁当をセット!
「それではいただきまーす」
私の挨拶を合図に二人も食べ始める。きょーのごっはんはなんだろなー。鼻歌交じりにお弁当を開けようとした。
「そう、悲劇はここから始まったのです」
って、翔子ちゃん! そんな不吉なこと言わない。
や、やばい。私の目の前にある食料が危険なものに思えてきた。
いや、諦めるわけにはいかないのだ! たとえそれがパンドラの箱だったとしても、私は残った『希望』を掴み取るのだ! まぁ、開けなければ災厄なんて降りかからないんだけど。
「えいや!」
お弁当の蓋を勢いよく剥ぎ取る。
が、なんだこれは? オイ、父。なんかの冗談か?
何故にお赤飯など入れるのだ? めでたいのか? そんなにめでたいのか?
私の『希望』はこの豆っころなのか? それとも災厄だけ詰め込んで、『希望』を入れるのを忘れたのか? 父よ。
それよりも娘に不幸を送るのか? これからは名前で呼ぶことにするぞ。雅人(まさと)さん、と。うわっ、逆に呼びたくない。
「あら、千聖さんのお父様は奇抜なことをなさいますね。似たもの親子」
「全然似てないよ! それに私はあんなにほわほわしてないよ!」
「き、きっと何かいいことがあったんだと思うよ。昨日の夜とか今日の朝とか」
今日の朝? あれは夢のはず……。あんな非現実的なことはないはず……。
そうでしょ? オ、オトコが隣で寝ているなんて、恋人同士しかないでしょ? 恋人なんていないしさ……。
んなことを考えている私はきっと青ざめてる。だって、翔子ちゃんが何かを企んでいるような顔でこっちを見てるんだもん。
「さぁ、午前中の言動といい、今の挙動不審な動きといい、一体何があったのですか?」
「う、うん。私も気になるよ。午前の授業なんて、ちーちゃんらしさのない真剣ぶりだったもん……」
しょ、しょこまで私を蔑むような目で見ていたのですか。がっくりだよ……。
そうこうしているうちに、刑事ドラマのような取調べが始まった。
青酸カリもびっくりな毒舌が私を襲う。綾ちゃんも綾ちゃんで、「もう楽になってもいいんだよ」と落としにかかる。私はその攻撃をひらりーん、とかわせるわけもなく無常にもメッタ打ちにされることとなった。
はっ、友情なんてこんなもんよ。しくしく。
精神をボロボロにした私はその後の記憶は全くなく、気付けば放課後だった。
二人とも帰ってるしさ。
とほほ……。