――ピピピピピピピピピピピピピピ

「ん……」

 目覚ましの音が鳴る。
 枕にうずくまったまま、時計を止めようと手を伸ばした。

 ――ピピピピピッ……。

「……?」

 どうして音が止んだ?
 俺は押してないぞ?

「おはよっ。まことくん」
「っ!」

 聞き覚えのある声に、身体が跳ね上がる。
 布団から起き上がると、そこには見慣れた幼馴染が居た。

「あーまだ寝ぼけてる。ほら、朝の挨拶は?」
「……あぁ、おは、んっ」

 唇が塞がれていた。

「うん。おはよっ!」

 イタズラが成功したかのように、無邪気な笑顔で二度目の朝の挨拶をする。
 一方、俺は呆然としていて、頭が追いついていなかった。

「ほら、早く支度しないと、学校遅れちゃうよ?」

 そう言って、俺の部屋から出て行くさやか。
 状況に追いつけないまま、部屋に取り残される俺。

「……一体なんなんだ?」

 そんな呟きは、なぜか上機嫌である俺の恋人には届かなかった。







 よく分からない朝の一幕が終わり。
 いつものように、二人で登校している。
 まぁ、今こうしている現在でも、よく分からない状態が続いているのだが。

「それでね。お母さんが料理を教えてくれたんだ」

 と、上機嫌で俺に話しかけてくるさやか。
 今日は不気味なくらいに機嫌がいい。
 外に出るなり、いきなり手を繋ごうとか言ってきたり、しまいには腕を組みたいとまで言ってきた。
 朝っぱらから、周囲の嫉妬の目線を受けきれる自身はないので、手を繋ぐだけにしてもらったが。

 今日はなんかの記念日だったろうか?
 誕生日はもう終わっているし、付き合いだしたのも、その誕生日の日からだ。
 他には何かあっただろうか?

「ねぇ、聞いてる? まことくん?」
「あ、あぁ。聞いてるよ」

 いけない。どうにも気になってしまって、そっちに思考が行ってしまう。
 というか、気にならない方がおかしい。
 いっそのこと聞いた方がいいのだろうか?

「それじゃあ、今度作ってあげるからねっ」
「え? 何を?」
「……まことくん?」

 あ、やばい。
 自滅してどうすんだ。

「い、いや。冗談冗談。楽しみにしてるから」

 さやかのジト目に耐え切る事が出来ず、とりあえず取り繕う。

「はぁ。なんか上の空。全然聞いてなかったんだ?」

 とは言っても、さやか相手に取り繕っても意味のないこと。
 しまった。どんどん墓穴を掘ってる。

「ごめん」

 あさっり負けを認める自分。
 なんか情けないな。

「いいけど。どうかした?」

 そういって、俺の目を覗き込んでくるさやか。
 なんか今日はずっとこいつの顔を間近で見ている気がする。
 まぁ、聞きたい事は色々とあるわけで。

「なぁ、なんで」
「あんたら、道の真ん中でなにやってんの?」

 と、後ろから声が聞こえた。
 二人して振り向くと、クラスメイトの尾上が呆れた顔で俺達を見ていた。

「いちゃつきたいのは分かるけど、まだ朝ですからね。程ほどにしておきなさい?」

 中一が吐くセリフかよ。

「そんなんじゃないっての」
「それにしてもあんたら。付き合いだしてから一年経つけど、全然冷める気配がないわね」

 あってたまるか。

「うん。私たちはいつまでたってもラブラブだから!」

 恥ずかしげもなく、堂々と言うなって。

「あぁ……そう。それよりさやか。あんた、もうあげたの?」
「わ。ダメだよ。小枝ちゃん!」

 さやかは尾上の口を塞いで、俺より前を歩き始める。
 あげる? なにをだろうか?
 っていけない。なんかペースに巻き込まれて、聞くに聞けない雰囲気になってしまった。

「あら、そりゃごめんね。なに? あんた見せ付ける気? もしかして」
「そういうワケじゃないよ。後で渡すつもりなの!」

 
 さやかと尾上は、俺の前でひそひそと話している。
 まぁ、俺に聞こえているのだから、こんな意味の無い内緒話もないのだけど。

「なんの話だよ?」

 ぴくっとさやかの動きが止まった。
 あ。なんか直感。
 さやかの上機嫌が、この話に関係していそうな気がする。

「い、いや。なんでもないからね」

 聞いていることと返ってきている答えが、微妙に違う。
 間違いない。
 内緒話は、さやかの上機嫌と関係しているようだ。

「なんでもないってワケないだろ? 俺に何をくれるっていうんだ?」

 追求してやろう。
 さやかは今、間違いなく困っている。
 なんだかいじめたくなってきた。
 それに気になるし。

「あーーいや、その……ねぇ?」
「はいはいストップ。見せつけられる私の身にもなってみろっての」

 別に見せつけているわけではないんだが。
 くそ。また聞くにも聞けない状況になってしまった。

「それにしてもまことくん。その様子だと本当に分かっていないんだ?」
「そ、それがまことくんの良い所だから」
「何の話をしている?」

 本当にワケが分からない。

「まぁ、学校着けば分かるでしょ」
「あははは……まことくんは侮れないよ?」

 なんか凄くバカにされていることだけは分かった。
 なので、

「さやか」
「え? って痛っ」

 デコピンを一発食らわせてやった。







 時間は進んで放課後。
 学校からの帰り道。
 なぜか尾上も一緒についてきていた。

「まことくんって、どうしたらそういう人間になれるの?」
「はぁ? どういう意味だよ」

 いきなり微妙に失礼な発言をする尾上。
 呆れながら、俺の顔を見上げている。
 呆れというか、少し尊敬が混じっているように見えるのは気のせいだろうか。

「あの雰囲気でまったく気付かないなんて。人じゃないわよ」

 俺は何か獣の類らしい。

「あの雰囲気? 学校いつも通りだったよな?」

 隣に歩いているさやかに問い掛ける。

「あ、あはははは。うん。そうだね」

 絶対、同意していないな。
 学校?
 何かおかしなところがあっただろうか?
 そういえば、登校してから「さやかちゃんから貰ったのか?」って色んなヤツに聞かれたな。
 うざったくて、適当にあしらっていたけど。
 そもそも何をさやかから貰うっていうんだ?

「ねぇ、さやか。もう渡しちゃったら? あのデレデレで甘々な雰囲気でも気づかないなんて、もう絶対気付かないわよ。何か計画でもあるの?」
「うーん、あるにはあったけど、ここまで無頓着だと、さすがに腹がたってきちゃうよね」

 また朝のように小声で話し合う女子二人。
 いや、だから聞こえてますって。

「それじゃあ、はい。まことくん」

 そう言って小さな箱型に綺麗な包装がされているものを取り出した。

「ん? なんだこれ?」

 プレゼント?
 俺は特になにもなかったと思うけど。

「それでは問題です。今日は何月何日でしょうか?」

 タネ明しとでも言うような、さやかの楽しそうな雰囲気。
 あぁ、間違いない。俺はバカにされているな。
 それより、何月何日?
 確か二月の第三週で……えっと。

「二月の十四日だな……それがどうかしたか?」

 その瞬間、少しだけ殺気を感じた。
 というか、空気が冷たい。
 え?
 なんで?

「さすが、まことくん。やっぱり侮れないよ」
「……さやか。よく付き合ってられるねぇ」

 俺の答えは間違っていないはず。
 だけど、さやかと尾上の反応がおかしい。
 どちらも呆れている。

「あのね。まことくん。二月十四日って女の子にとっては特別な日なんだよ?」

 もう俺に気付いてもらうっていうことは諦めたらしい。
 さやかは諭すような説明口調になっている。
 それでも少しの期待を込めて、懇願を込めて、また俺に問い掛けている。

「……女の子にとって?」

 なんだろうか。
 二月の十四日……二月の十四日。
 去年の今ごろ、何かあっただろうか。
 確か……なんかとても甘ったるいような記憶があるような……。
 って、あぁ! そうか!!

「バレンタインか!」
「そ、そうだよ! まことくん!!」

 そういって俺の胸に飛び込んでくるさやか。
 やっと符合がいった。
 全部全部、チョコのことだったわけか。
 俺も嬉しくて、さやかの身体を思いっきり抱く。

「悪い。嫌な記憶しかなかったからすっかり忘れてた」
「ううん。いいよ。思い出してくれたのなら♪」

 そうして、数分見つめ合い、キスをしようと顔を近づけようとした時。

「おーい、そこのバカップル。流れがおかしいだろ」

 と、いかにも不機嫌そうな顔で、こちらを睨んでいる尾上と目が合う。
 やばい。すっかり忘れていた。

「いちゃつくなら、自分達の部屋でしてくれって。見ていられないから」
「あー……悪い」

 今度ばかりは素直に謝るしかないな。
 すいません。見境なくしてました。

「とりあえず貰っておくな。さんきゅ、さやか」
「うん。どういたしまして」

 取り繕うように、先ほど差し出された小箱を受け取る。
 うわ。頬が赤い。
 だいぶ恥ずかしい事を人前でしようとしたな、俺は。

「それにしても、嫌な記憶ってどんなことがあったの? 去年」

 思い出すだけでも吐き気がしてくるような、甘ったるさが押しかかってくる。

「……俺が別の人からチョコを貰ったら、さやかが嫉妬して、自分のチョコを上乗せしてきたんだよ」

 つまりは、他の子からチョコを貰うと、+1でさやかのチョコが来るということ。
 あれはキツかった。
 本当、チョコをもう二度と食べたくないって思ったな。

「……じゃあ、元を正せばあんたが悪いんじゃない」
「痛っ」

 さやかの頭を手の平でぺちんと叩いていた。

「小枝ちゃん酷いよぉ」
「嫉妬も大概にしなさい! まったく!」
「だって心配だったんだもん」

 こうして恋人同士になったから、あの辛い日々から開放されたが。
 確か尾上にも義理としてもらっていた記憶があるが、一応黙っておこう。

「なんでこのバカップルに振り回されなきゃいけないのよ!」

 尾上が小声で文句を言っている。
 まぁ、こちらとしては尾上に付き合ってほしいとは言っていないので、かなり理不尽な怒りだが。

「それじゃ、私帰るわ」

 なんか凄く疲れた顔で言ってくる。
 なんだろう。こっちが悪いわけではないのに、こっちが悪いように感じてしまう。

「あぁ、なんだか悪かったな」
「ごめんね」

 そして何故だか、きっちりと謝るバカ二人。
 いかん。本当にパカップルだ。
 いらんところで通じ合っている。

「……あんたたち、やっぱり似た者だわ」

 尾上は苦笑して、手を振って去っていった。







 部屋に戻り、ベットに座る。
 さやかから貰った小箱を開けると、小さなハート型のチョコがたくさん入っていた。
 一つを摘まんで食べてみる。
 ほろ苦くて、甘い味が口の中に広がった。

「まことくーん。どう? おいしい?」
「……」

 ガチャっと勝手にドアを開けて入ってくるさやか。
 朝の事といい……こいつは、人の家を自分の家と勘違いしていないだろうか。

「おまえな。ノックぐらいしなさい」
「えーなんでー。私が見て困るようなことでもしてたの?」

 そういう問題じゃないって。

「それより、おいしい? 今回のは自信あるんだけどな」
「あぁ。うまいよ」

 去年と比べるとって言っても、思い出すのも嫌なので無理だが。
 普通においしいと思う。

「本当に? やったぁ」

 そう言って、俺の隣に座る。
 嬉しそうだな。
 昨日はずっとこれを作っていたんだろうな。
 そう考えるだけで愛しさが込み上げて来た。

「なら、ホワイトデーは期待しちゃおう」
「覚えていられるか自信ないぞ?」

 正直な話。
 さやかの口からその日を聞いて思い出したんだから。

「えー。なら近くなったら言ってあげるから。あと五日、あと四日って」
「頂戴頂戴ってせがんで見えるから、やめなさい」

 ったく。まぁ、覚えていられるように努力するか。
 それよりも、もっと簡単に今返せるんだけどなぁ。
 少しだけ、さやかを困らせてみたくなった。
 小箱から一つ摘まみ、口に含む。

「さやか」
「へ?」

 振り向いた隙を見計らって、そのままキスをした。
 口の中で溶け出したチョコを口移しする。
 そして、すぐに唇を離した。

「な? 甘くておいしいだろ?」
「……ん」

 夢を見ているかのように、ぽーっとしているさやか。
 それでも口元は動いていて、もごもごとチョコを味わっている。
 いけない。やりすぎただろうか。

「あー、悪い。ついからかってやりたくなって」

 なんというか、いけないと思いつつもいじめたくなってしまう。
 止めようと思っても俺の本能から来ているのか、まったく抑えきれない。

「さやか?」
「……うー」

 低く唸っている。
 見れば顔を真っ赤にしていた。
 こういういきなりな事態に弱いのだ、さやかは。
 しばらくは、こうして恥ずかしがっているだろうな。

 さて、この間に一ヶ月先のことを考えておくか。
 何をせがまれるか分かったもんじゃないからな。
 だけど、どちらにしろ決まっているのは一つ。
 この少しわがままで甘えん坊の恋人の為に、自分の時間を使おう。
 こいつが笑っているだけで、俺は幸せなのだから。






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